鷲尾英一郎の日記

鷲尾英一郎衆議院議員(地元出身!県民党として動く! 筋を通し行動する!)の公式ブログ。鷲尾英一郎本人更新

鷲尾英一郎の日記

入管法改正にあたり、日本が取り組むべき働き方改革について

入管法改正案採決について

昨日、入管法改正案の本会議採決があった。私は賛成票を投じた。他方、外国人の労働者を活用することについては、慎重な意見が多い。 

  • 賃金の上昇を抑制する
  • 外国人労働者の人権が損なわれている状況がある
  • 社会不安、治安悪化の可能性がある

など、代表的なものを挙げただけで慎重にならざるを得ない。

しかし、今回の改正案は、従前から制度として問題点が指摘されていた外国人技能実習制度とは異なる。従来の外国人技能実習制度とは、国際貢献大義名分の下、主に途上国の外国人に日本における技能実習を通じて、実習生自身にスキルを身に着けてもらい、本国に帰国したあと、日本で習得した技能を活かしてもらう目的の制度だ。

大義名分とは裏腹に、日本企業は人手不足を補い、低賃金での労働者確保を目的に制度を活用してきたきらいがある。数々の違反事例や外国人の悲惨な労働環境がそれを物語っている。もちろんこういう国をまたいだ制度では、古今東西、悪質なブローカーが存在してしまう。損得勘定の企業とブローカーこそが、悲惨さに拍車をかけるわけだが、これはいくら制度を改善しても中々根絶できないだろう。

技能実習制度とは考え方が違う

今回の改正案は、従前の技能実習とは違い、外国人の労働を真正面から捉えた法律である。もはや大義名分が成り立たないレベルにまで追い込まれた制度とは別個に、新たな制度を創設する方向性は評価したい。受け入れ企業は労働力不足という点から人事を管理できることになり、従前の制度では違反事例が散見されていた実習計画外労働を抑制することが出来るし、語学留学と称して実態は日本での労働という形式を、企業側、労働者側の双方のニーズに即す形に変えていくことができる。

実は日本企業は外国人労働者の受入れ準備には習熟しているのだ。もちろん受入れる数の問題や低賃金化という問題は残るが、これだけ人手不足でシルバー世代や女性の労働参加率が過去最高を更新し続けている状況に鑑みれば、外国人労働者を受入れて起こり得るマイナス面はかなり小さく抑えることも可能である。

野党陣営は外国人労働者が増えることに対する国民の不安を背景に法案への反対を言い募ってはいたが、外国人の就労環境については、これからの制度というより2年前に技能実習制度の規制を審議された際に問題になっていたことを再び論っていた面があった様に思う。2年前、技能実習制度については適正な運用を求めるべく規制が強化されたが、その際に外国人の就労環境は既に問題となっていたのだ。また2年前の法規制の議論に当たって様々な質疑を行い、外国人就労の問題をウォッチし続けた議員は今回無所属になっているか所属委員会が異なったかで、余り議論に関わっていない様に思った。そういう意味でも、政府案への追求に迫力を欠き、いつもの一本調子の反対の域を出ていない。

日本人も含めた働き方の改革を行わねばならない。

ここで忘れてはならないのが、依然として労働基準法違反は散見され、様々な法の抜け道に苦しんでいる日本人労働者は少なくないことだ。働き方改革が叫ばれ、時間外労働の上限規制が法定された。さらに、労働環境改善に向けた取り組みが各企業でも進んでいくと、現場では今以上に人手が不足する事態も起こり得る。生産性向上の取組を行っても、短期的な改善には限度もあろう。人口減少による労働力不足という供給制約は、日本経済にボディブローのように効いてくるのだ。

早く手を打たねばならない。

私はこれまで何度も国会で外国人労働者に関する制度を繰り返し質問してきた。このタイミングを捉えた政府の姿勢を評価しつつ、制度を運用しながら起こってくる問題には、これまで以上にタイムリーに対処する必要がある。

もちろん、外国人労働に期間が定められている様に、永住権審査が全く別の問題であることは言うまでもない。

連合が掲げた反共はどこへいったのか?

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出典:新潟市公式ウェブサイト

怒涛の1年が過ぎた。完全無所属として出馬した昨年の衆院選を乗り越え、新潟では県知事選、市長選挙が行われた。私は共産党との共闘には反対ということでブレずに首尾一貫しているが、選挙のたびに野党共闘は度を強めている。残念ながら私の思い描く二大政党の流れからどんどんと遠ざかっている。

連合新潟の姿勢

かつて米山隆一知事が誕生した知事選では、民進党の一部の非常識な対応により、連合新潟は極めて厳しい立場に置かれた。しかし私が県連代表となった際に、連合新潟が県知事としっかりと連携する枠組みをつくった。「未来にいがた」という民進社民統一会派がまさにそれである。また、昨年の衆院選が終わったあと、全国に先駆けて「新潟県民の連帯」を作った。あくまで連合新潟が主体となり枠組みをつくり、地方政治における主導的立場を担ってきた。この間、私自身が連合新潟の政治的存在感を高めることに貢献し、連合新潟と同様、一貫して共産党と距離を置いてきたつもりだ。しかし、先般の新潟市長選挙では違ったようだ。 

理念なき野党共闘と連合新潟

理念政策のない野党共闘を主導する国会議員らの行動によって、私はいわれの無い非難を受けた。意外だったのは、連合新潟の一部も同様だったことだ(しかし、中には野党共闘に対して、本当に忸怩たる思いを抱えている同志を私はよく知っている)。自民系を応援したとは言え、理念なき野党共闘に反発した点では連合と同じ思いではないのか?その点、一部から公然と非難されたというのは少々残念だ。なぜなら連合新潟は、かつて自民系候補者を応援したことがあったし、また、連合推薦候補を応援しなかった国会議員などこれまで県内に何人もいるからだ。

その上で、先日、連合新潟から事情聴取が行われた。焦点は2つあった。

ひとつは、なぜ市長選挙中原八一氏を応援したかである。この点は繰り返さないが、ご理解頂いたつもりだ。これからは他の議員とは違い、中原市長とのパイプを活かしてしっかりと連合の政策実現にも協力していきたい。

ふたつ目は自民党に入るかどうか、である。私は現在の政治情勢では自民党に限らず、どの政党に入ることも考えていない。私と政策について話合いを持った政党はない。政策なき野合を私は決して行わない

これ以上、連合本部や連合新潟が理念政策なき共産党を含めた野党共闘路線に乗ることはないと信じたい。

地道に正しい判断を

私自身、この1年間で周囲の国会議員らの野党共闘への参加圧力についていけない思いを抱いている。私は完全無所属であり、独自の視点から国家と新潟県について考えている。地元を回れば無所属ではなく、政党に所属すべきとお話を頂くことも多くなった。

これまでの様に理念政策なき野党共闘を強要されるならば、当然新しい判断が必要となる。

連合組織にも心ある同志は多い。組織として理解のある行動をしてくれるものと期待している。

私はしっかりと地道な努力を積み重ねて、自ら正しいと思う道を歩みたい。

強い違和感。私は野党共闘に一度も賛成したことはない。

今回の新潟市長選挙における報道で、私の中原八一候補を応援する行動について様々な批判が寄せられた。「野党共闘に水を差す」「野党共闘にくさびを打つ」といった批判とともに「野党共闘側から当選した鷲尾氏」、「野党共闘を推進した鷲尾氏」等々の表現もあった。これらは全くの事実誤認であるので、ここで真実を明確にしておきたい。

2017衆院選は新潟2区の構図は野党共闘ではない。

前回の衆議院総選挙では新潟県にある新潟1区〜新潟6区のうち、私の選挙区である2区を除く全ての選挙区で野党共闘が成立した。私以外の野党の候補者は共産党からも推薦され、政策協定も結んでいる。一方で、私は全ての政党から推薦を受けず完全無所属を貫き、共産党対立候補を擁立した。私の選挙区では野党共闘は成立していない。私は野党共闘側から選挙に出たことはない。これが真実なのである。

野党共闘側から当選した鷲尾氏」、「野党共闘を推進した鷲尾氏」という表現は、全く事実に基づかない表現である。野党共闘側にいたことがないのだから、野党共闘に関して「水を差す」、「くさびを打つ」という表現は相応しくない。

私は1度たりとも、オール野党共闘に賛成したことがないことも明らかにしておきたい。

民主党を分裂させて野党共闘などおかしな話。

森ゆうこ氏が当選した2016年の参院選でも、私は民進県連内で最後まで森氏推薦に反対した。共産党を含めた共闘に反対だったのはもちろん、森氏が民主党を分裂させておきながら、今度は野党結集を唱えると言うことに大いなる矛盾を感じた。さらに、2014年の衆議院総選挙で新潟県第5区へ鞍替え出馬した森氏が、米山隆一氏や菊田真紀子氏が参院選への立候補の意向を示しながら、彼らを猛然と批判し参議院へと更に鞍替えすることを許せなかったからだ。

同年の米山隆一知事が誕生した選挙に関して、私が全く動かなかったという事実についても申し上げておきたい。この選挙では、民進党県連が自主投票を決め、それに応じて連合新潟は自民党が推薦する候補者を支持した。ここで離党した米山氏を応援するのは、党としても連合新潟との関係上もおかしいと思ったからこそ、私は動かなかった。

米山知事を支える会派「未来にいがた」

私は党人として組織としての筋道や支援団体である連合との関係を慮り、動かないのが当然と思っていたのである。だがこの時も米山氏が勝てると見るや、同僚議員や党幹部はこぞって組織決定を無視した。同僚議員や党幹部のこうした場当たり的で筋の通らない行動を見るにつけ、慨嘆せざるを得なかった。こんなことでは政権は奪えないではないか。

そうした経緯があったが、当時の県連代表辞任に伴い、急転直下、私が民進党県連代表になったのだ。私が民進党県連代表になったのは、連合新潟との関係修復や、共産党との共闘を明確に否定するためにも私自身が県連代表のポストに就いた方が明確にメッセージを打ち出せると考えたからだ。

就任直後からすぐに、党本部や県連の有志がなし崩し的に支援して誕生した米山知事を、県連として支持する立場でまとめ、何より連合との関係修復に努める必要を感じ、米山知事を支える連合推薦議員の会派をつくることに尽力した。それが民進、社民統一会派「未来にいがた」である。ここにはもちろん共産党は入っていない。

当時、連合新潟会長とともに、報道取材に対して、「著しく理念政策の違う政党との連携は厳に慎むべき」と常に発信してきた。今でも変わることない私の信念だ。

野党共闘政権交代を目指すのか

政権交代を目指す以上、政権運営が困難になることが余りにも明らかな野合は、たとえ選挙の為とは言え、やるべきではないのだ。民主党政権を経験した者として、政権与党の座を目指す組織としての体質自体を改善せねばならないのに、全く理念政策の違う政党と連携するなど、政権交代からの逆行でしかない。そう、選挙目当てでしかない。

昨年の衆議院総選挙では、支持率目当てに希望の党へ合流する同僚議員たちを横目に見ながら、私は毅然と党決定に反対し、離党届けを出して無所属で出馬した。希望の党から出馬意向の議員からは、無所属で出馬するのは共産党から支援をもらう為だと陰口まで叩かれたが、だからこそ無所属の出馬表明は最後に行い、もちろん共産党へ支援を求めなかった。希望の党に参加しなかった私の陰口をたたき、希望の党共産党と決別するはずだった同僚議員は、再度、態度を急変させた。無所属として出馬する見返りに、共産党から候補者を取り下げてもらったのだ。結果、さんざん野党共闘批判をしてきた私に対しては、共産党対立候補を立てた。

それでよいのだ。私は一切ぶれていない。

「共闘の為の共闘」など、何の目的か意味不明。

私は支持率目当てに軽々に行動することもなく、オール野党共闘に至っては国政においても明確に反対である。

いわんや、である。

市民目線さえ欠如した市長選挙における「共闘の為の共闘」など、何の目的か意味不明である。私がその枠組みに参加する理由がどこにあると言うのか?野党共闘を主導する国会議員は、共産党との共闘が崩れれば自分の選挙でマイナスに働くということが理由で共闘しているのではないか。

大義名分なき共闘を拒否して、市民のために有益と思う候補を応援するのは当然だ。